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マイ宮沢賢治ブームは続いています。

宮沢賢治の出身地・花巻とゆかりの地盛岡(ぼくの親父のゆかりの地でもある)を先週訪れたことは前回のブログに書いたが、ぼくの中で宮沢賢治ブームはまだ続いていて、今週は「土神と狐」「どんぐりと山猫」「グスコーブドリの伝記」を朗読で聞いた。
この中で僕が特にいいと思ったのは「土神と狐」だ。「見栄と嫉妬と怒りと暴力」がテーマだ。内容は本で読むか朗読で聞いていただくとして、実に現代の社会にもあてはまる問題の本質をとらえていると思う。というよりも「見栄と嫉妬と怒りと暴力」はいつの時代でもある人間の悲しい性なのかもしれない。宮沢賢治は「土神と狐」の中で実にそのあたりのことを巧みに描写している。
一番大事なことを忘れていた。見栄と嫉妬と怒りと暴力の最後に来たのが「悔恨」だった。

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いざ盛岡(その前に花巻)へ(5-最終回-)

昨日の続き。
■盛岡
16時前に盛岡に着いた。まず盛岡が大都市であることに驚いた。地方都市の中でも指折だと思う。早速市内循環バスの「でんでんむし」に乗る。このバスは普通の大型バスでありながら盛岡市内の主要な場所を約40分で1周するバスで右回りと左回りがあり、日中は10分間隔、料金は1周してもわずか100円だ。ぼくは正直このバス・システムに感動した。このバスは観光客にも便利だが、むしろ地元の人の利用客が多いのではないかと思う。赤字か黒字かは知らないが、ともかくこのバス・システムはすべての地方自治体が一度は体験し実現可能性について検討してほしいと思う。ちなみに僕の住む東京都稲城市のコミュニティ・バス事情は盛岡の足元にも及ばないどころか全国的に見ても恥ずかしい状況にあるのではないかと思う。なにせ日中でさえ市立病院に行くバスが1時間に1本あるかないかの状況なのだ(ちなみに料金は170円)。
でんでんむし
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「でんでんむし」の話が長くなり過ぎた。今回のブログは
①岩手大学農学部
②盛岡城址付近
③盛岡三大麺と福田パン
について書くことにする。

①岩手大学農学部
岩手大学農学部の前身は盛岡高等農林学校で宮沢賢治やぼくの親父が卒業生であることは前のブログに書いた。
今回の旅行の主目的は親父が青春時代を過ごした盛岡高等農林学校跡を訪ねることだったので、盛岡市内散策の最初に訪れた。盛岡駅から北東にゆっくり歩いて30分程度で途中に有名な福田パン本店がある。最近の元国立大学(現在は独立行政法人)はどこもそうだと思うが、岩手大学もオープンキャンパスとして一般の人も自由に入れる。
旧盛岡高等農林学校正門
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旧盛岡高等農林学校正門を入ると整備された庭になっていて旧本館はすぐに見えた。
旧本館に続く道
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旧本館の前に立つと学生時代の親父や宮沢賢治が肩で風を切って通り過ぎて行くような不思議な感覚を覚えた。残念ながら休館日で中に入ることはできなかったが、往時のf雰囲気は十分に味わえた。
側面から見た旧本館(かなり大きな建物だということがわかる)
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②盛岡城址付近
盛岡城址に登ると盛岡市内が一望でき、また遠くに山々が見えて実に良い景色だ。
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城址の一角に石川啄木の詩碑があり「不来方のお城の草に寝ころびて空に吸われし十五の心」と刻んであって「不来方」の読み方も意味もわからなかったのだがさっき調べてやっとわかった。「不来方」(こずかた)は盛岡の旧地名だ。実は石川啄木が盛岡出身だったということも今回初めて知った。そんなことも知らなかったのかと読者に笑われそうで恥ずかしい。
石川啄木詩碑
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盛岡城址を降りるとすぐ近くに「もりおか歴史文化館」があり入ってみた。
1階は観光交流ゾーンで無料で入れる。ここの祭り常設展示室という部屋で「チャグチャグ馬コ」祭と「盛岡さんさ踊り」祭を大型ディスプレイで約5分ずつ紹介しているのだが、これが思いがけず素晴らしい出来で感動した。どちらの祭りも知らなかったのだがぜひ見てみたいものだ。2階は有料(一般300円)で南部藩の歴史やお宝を展示していてなかなか充実していた。
チャグチャグ馬コの等身大マネキン
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③盛岡三大麺と福田パン
ぼくは麺類が好きなので盛岡三大麺(冷麺、じゃじゃ麺、わんこそば)はすべて食べた。
冷麺は「ぴょんぴょん舎盛岡駅前店」という有名な韓国料理店で食べた。冷麺はもう30年も前に当時調布のつつじが丘駅前にあった「モランボン」という焼肉屋で食べたのが最初でそのおいしさに感激した。その後焼肉屋に行くとたまに冷麺を食べたのだが、最初にモランボンで食べた冷麺の味には及ばずもう二度とあの味に出会うことはないと思っていた。
ところが今回「ぴょんぴょん舎」であの冷麺の味に出会えたのである。うれしかったなあ。しかもこの日はサービスデーでなんと500円。感動した!
「ぴょんぴょん舎」の冷麺
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じゃじゃ麺はこれも有名な「白龍(パイロン)」で食べた。お店とじゃじゃ麺ファンには申し訳ないがぼくには行列に並んで食べるほど美味しいとは思えなかった。でも卵とスープがついて500円はリーズナブルだと思う。
わんこそばは「東屋盛岡駅前店」で食べた。わんこそばはずいぶん昔に東京の郷土料理店で食べた記憶があるのだがあまり覚えていないのと連れ合いが初めてだというので行った。結論から言うとぼくはもう二度とわんこそば屋には行かないだろう。
席についてお酒を頼み、お酒が来たと思ったらいきなり例の給仕が始まるのだ。ぼくはお嬢さんにちょっと待ってもらえないかと頼んだのだが口をつぐんで断固拒否の姿勢。やむなくスタートして約30分、55杯食べたところでストップ。お酒はまだ2合近く残っていたのだが満腹で飲む酒は不味い。そば自体は美味しかったと思うのだがゆっくり味わう暇がなかったのでよくわからない。わんこそばはあくまでそばを食べる料理であって、ぼくのような小食の大酒飲みには最も向いていないものなのだ。それと今回は普通のコースだが3,200円は少し高くないか。お嬢さんが1組の客につきっきりで給仕してくれるので仕方のない面もあるとは思うが。
それで思いついたのだが回転寿司ならぬ回転わんこそばというのはどうだろう。1杯定額の明朗会計にするのだ。誰かやってくれませんか。それならまた食べたい。
最後に福田パンについて。
ぼくのブログを見てくれた知人が「盛岡に行くなら福田パンによったらいいよ、福田パンは盛岡のソウル・フードだから」と教えてくれた。岩手大学の途中にあるので行きに寄って見ようかと思ったが行列ができていたのであきらめたのだが帰りに見ると行列がなかったので寄ってみることにした。ところが行列がなかったのは店の外で中は15人くらいの行列だった。特に用事があるわけでもないので気長に待つこと約15分、名物のあんバターと食パンをお土産に買った。
翌日、朝に食パン、昼にあんバターを食べたのだがこれは本当に美味しかった。単に美味しいだけでなく、遠い昔に食べた美味しいパンのようなとてもなつかしい味と香りがするのだ。不思議だなあ。
福田パン本店
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あんバター
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これで花巻、盛岡の旅行記はおしまい。

いざ盛岡(その前に花巻)へ(4)

花巻、盛岡へ行って来た。
2月11日の朝家を出て、新幹線で東京から新花巻に到着したのが昼過ぎ。観光タクシーで2時間ほど宮沢賢治ゆかりの地をめぐり、再度新花巻から新幹線に12分間乗って盛岡についたのが夕方4時前。その後市内循環バス「でんでんむし」に乗ってほぼ1周してホテルへ。翌日2月12日は午前中岩手大学農学部、午後盛岡城址周辺散策、18:40に盛岡を出発し、深夜帰宅という忙しいスケジュールだった。
感想を結論から言うと、花巻も盛岡も予想を超えて素晴らしかった。
旅行の詳細をグダグダ書いてもしようがないので、特に印象に残った点のみを簡潔に。

■花巻
宮沢賢治ゆかりの地の中でぼくのベスト3
①イギリス海岸
もちろん海岸ではなく、花巻を流れる北上川の一部の場所を宮沢賢治が名付けた所。
なぜ「イギリス海岸」なのか、好奇心のある方は各自で調べてみて。
北上川の美しさが堪能できる場所だ。

②「雨ニモマケズ」詩碑の場所
もともとは賢治が一人で自給自足生活をしていた(目指していた?)頃に住んでいた家(ここで短期ではあるが「羅須地人協会」と名乗って周辺の若い人の啓蒙活動をしていたので、今でもその家を「羅須地人協会」と呼んでいる)があった場所。
景色が素晴らしい。

③羅須地人協会
もともと②の場所にあった家を、花巻農業高校の敷地内に移築したもの。もともとは賢治の祖父が隠居して住んでいた家。
当時としては大変立派な家だったに違いない。ぼくは従来宮沢賢治=貧乏と勝手にイメージしていたので、今回調べてみて宮賢治の実家が花巻で並外れて裕福だったことを知って驚いた。当日は中に入れず残念だったが中の様子をガラス戸越しに見て往時の生活を想像した。


その他に「宮沢賢治記念館」はぜひ訪れたい場所だ。建物は立派だし、展示物もいい。特にぼくが感動したのは宮沢賢治のチェロの本物が展示されていたことだった。
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ようやく盛岡について書こうと思ったら、夕食を作る時間になってしまった。
続きはまた、明日。

いざ盛岡(その前に花巻)へ(3)

昨日は計画どおり夕食を作りながら2時間半余りにわたって「ユーチューブ」で岸田今日子朗読の「銀河鉄道の夜」を聴いた。
メインテーマはこの世とあの世の境界のような異次元の世界を走る列車に乗った主人公のジョバンニがいろいろな乗客と出会うという幻想的なファンタジーだが、祭りの夜の町の様子や列車の車窓を流れる風景を実に美しく繊細に表現していて、ぼくに植物や鉱物の知識があればもっとよく理解できたろうと思うと自分の無知が恥ずかしくなった。それにしても本だとたぶん途中で挫折していた可能性が大なのですばらしい朗読で全編を聴くことができて本当に良かった。
時間があったので「注文の多い料理店」も聴いてしまったので、今日は「セロ弾きのゴーシュ」にチャレンジする予定だ。
いよいよ明日から1泊2日で花巻、盛岡へ行く。
続きはまた来週。



いざ盛岡(その前に花巻)へ(2)

岩手県というと花巻、遠野が有名なので、せっかく盛岡に行くのだったらどちらかを観光しようと調べてみたら遠野は遠い上に電車が2時間に1本くらいしかなく今回は断念せざるを得なかった。そこで宮沢賢治で有名な花巻に寄ることにした。
実は今回調べるまでは花巻がどのへんにあるのかよく知らなかったのだが、盛岡の南約40kmに位置し、東北新幹線の新花巻から盛岡まではわずか12分だ。ぼくは宮沢賢治の事もほとんど知らなかったのだが、ウイキペディアで調べるとこれがびっくり盛岡高等農林学校の親父の大先輩だったのだ。もっとも宮沢賢治は農学科(のちに農芸化学科)、親父は獣医学科だが。そんなことで急に宮沢賢治に親近感を覚え、作品に触れてみたいと思った。ここで活躍するのが先日ブログで取り上げた「ユーチューブ」とBOSEスピーカーだ。昨日は夕食を作りながら市原悦子朗読の「風の又三郎」を聴いた。当時の素朴な小学校や小学生の雰囲気を伝えながらも幻想的な作品だった。今日は「銀河鉄道の夜」、明日は「注文の多い料理屋」を聴こうと思っている。楽しみだ。

宮沢賢治
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いざ盛岡(その前に花巻)へ(1)

連れ合いが所属する学会が盛岡で2月12日に開催されるということで、ぼくはついていくことにした。
別にぬれ落ち葉とか下駄の雪というわけではなく、盛岡はまだ一度も行ったことがなかったし、一度は行ってみたかった土地なのだ。
というのも、ぼくの親父(もう死んで30年以上になる)が青春時代を送ったのが盛岡だったからだ。ぼくの親父は大正11年(1922年)に四国の香川県まんのう町というところに生まれた(ぼくの出生地も同じ)。親父が生まれた頃生家は乳牛をたくさん飼っていて牛乳を製造販売していた。親父の親父(僕のおじいさん)は牛が病気になるごとに獣医にたくさんの治療費を払っていたことがよほどしゃくだったらしく、息子(僕の父)に獣医になれと命令したらしい。ぼくの親父は本当は文科系の方が好きで弁護士か公務員か教師になりたかったそうだが当時は家長の命令は絶対だったので旧制中学校を卒業後、盛岡高等農林学校の獣医科に入学した。無事卒業した後は当時の陸軍に就職し、いきなり将校(大尉)になって羽振りが良かったようだ。しかし敗戦を迎えて四国に帰省してからは過酷な人生を歩むことになる。
それはともかく、親父が青春時代を過ごした盛岡へは一度は行ってみたかったのだ。
親父からよく聞かされた話はとにかく冬は寒いということで、昔は日本のどこもぽっとん便所だったのだが、極寒地の盛岡ではウンコをするとそれがすぐ凍ってお尻のすぐ下まで盛り上がるので、そなえつけのハンマーでまず凍ったウンコを割ってから用を足すというすごい話だった。
今回たまたま冬の寒い時期に行くことになったのも親父の縁と思い、盛岡に出かけて行くことにしたわけである。

盛岡高等農林学校旧本館
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BOSEの小型スピーカーがすごい!

その名はSoundLink Mini Bluetooth speaker II と言う。
ぼくの現在の主な職業は主夫で、手のろいこともあって夕食作りには3時間くらいかかる。
その間何もないと退屈するので、テレビを観たり、ラジオを聴いたりしていた。そこでNHKのネットラジオの過去の放送を見つけてこれがなかなかいいので過去のブログにも書いた。
今のぼくのお気に入りは、「カルチャーラジオ芸術その魅力」の「バッハ一族とその音楽」だ。この番組では鍵盤奏者の武久源造という人が演奏付きでバッハの人となりを紹介してくれる素晴らしい番組だ。
ただ、ぼくがアイフォンに接続して使っていたスピーカーは3,000円くらいの安物で、もう一つパワーもないし音質も良くなかった。そこでぼくは意を決してBOSEのSoundLink Mini Bluetooth speaker II を買った。
実はこの製品は電気量販店で視聴してかなりいいとは思っていたのだが実際買ってみて聞いてみるとこれがすごい。実にコンパクトサイズなのだが高音、中音がクリアーな上に低音の迫力がドーンと伝わってくるのだ。
NHKのネットラジオも好きな番組はすぐに聞き終えてしまうので、どうしようかと考えていたのだがコンテンツの宝庫「ユーチューブ」があることを思い出し、さっそくクラシックを聴いてみた。これが最高!
今ぼくはベートーベンの交響曲を1番から順番に聴いている。この調子でクラシックを聴いていると、何年か後にはいっちょ前のクラシックかぶれが出来上がるかも、です。




思い出の映画⑩千と千尋の神隠し

成人の日(1/9)に柏に住む長男宅に生誕約6か月の初孫(女の子)に会いに行った。
肖像権の問題(笑)もあるのでここには公開できないけれど、ベイビーというのは一般的に可愛いが自分の孫となるとひとしお可愛い。長男のベイビー時代にそっくりな顔つきなので余計にそうなのだろう。
まあそんなことでブログの更新が遅くなってしまったが今日やっと「思い出の映画」シリーズ最終回(10回目)をアップすることができた。
「千と千尋の神隠し」の公開は9.11事件のあった2001年で、マンガにも描いたようにぼくにとっても転機になった年だった。
当時ぼくは大手ゼネコンの本社の購買部門の部署にいて順風満帆のサリーマン生活を送っていたのだが、2001年の2~3年前に就任した新社長とぼくの所属する部署長が部署の方針をめぐって対立し、結局、部署長以下管理職全員が左遷されるという事件があった。部署長が左遷されるのはいた仕方がないにしても、その部下全員を左遷するというのはどういうことなのかいまだにわからない。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ということか。
それはともかく転勤先は全く経験のない支店の建築営業ということで、何をすればいいの分からず、部下たちも迷惑だったろう。そんな中でも「地獄に仏」ということはあるもので、落ち込んでいたぼくを励ましてくれた先輩もいて今も親しくつきあっている。転勤半年後、その頃産声を上げていたPFIグループに所属して水を得た魚のようにコンペに没頭したが、その頃は苦しくとも充実した日々だったし、その頃の上司・同僚とも今もおつきあいをしている。建築営業のPFIグループでの仕事も3年くらいで終わりを迎え、その後土木の営業で10年余り過ごすことになるのだが、それはまた別の機会に。





明けましておめでとうございます。

我が良き友の皆さま
明けましておめでとうございます。
本年は、旧年にもましてますますパワーアップしていきたいと思っておりますので、よろしくお願いします。

昨日は元日ということでいつも散歩の時にお参りしている近所の氏神様・竪神社を訪れるとこれが普段からするとびっくりの長蛇の列だった。


そして今日は連れ合いの職場の近くの国立市にある谷保天神へお参り。
2日ということでこの神社としてはそこそこの賑わい。
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なぜか谷保天神には野生の鶏がたくさんいる。今年は酉年なので注目されそうだ。
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おみくじを引く。すごい、今年は大吉だ!


谷保神社の境内の梅林の中にはすでに開花している木もあった!


今年が皆様にとって良い年になりますように!

思い出の映画⑨マトリックス

昨日、レイア姫のキャリー・フィッシャーさんが亡くなったことをブログに書いたのだが、キャリーさんの実の母親で往年の名女優デビー・レーノルズさんが翌日の27日に急死したということだ。ショックがよほど大きかったようだ。お二人のご冥福をお祈りします。
思い出の映画も宣言した10作にあと2作というところで滞ってしまい、今日やっとアップすることができた。9番目は初めて日本映画の「砂の器」にするか、今回の「マトリックス」にするか悩んだところなのだが、やはりぼくの人生に大きな影響を与えた「マトリックス」をとりあげた。「マトリックス」はマンガに描いたように、現代に置き換えれば公教育とマスコミに洗脳された世界に生きる我々と考えることができるし、もっとスピリチュアルに考えるとこの世(現世)そのものがマトリックスで真実はあの世なのかもしれない。そういう考え方はプラトンの時代からあるようだし、仏教の考え方もそうなのかもしれない。
それはともかく、この世に生きている以上この世に存在する支配者層の作るマトリックスなんぞの中で体よく騙され続けていきたいなどとはぼくは思わない。みなさんはいかがですか?
なお、そのあたりのことは今年の9月13日の拙ブログ「9.11と私」にも書いたので、ぜひ目を通していただきたい。


レイア姫逝く

前回ぼくのブログで「スターウォーズ」をとりあげ、レイア姫のこともマンガにも描いた。今日は午後に「スターウォーズ ローグ ワン」を観ようと予定していたところ新聞の朝刊でレイア姫役のキャリー・フィッシャーさんが60歳の若さで急逝されたことを知り驚いた。予定どおり午後には「スターウォーズ ローグ ワン」を観たのだが、ラストシーンで若きレイア姫がワンシーン出てきて思わず涙が出た。
レイア姫=キャリー・フィッシャーさんのご冥福をお祈りいたします。
東京新聞2016年12月29日朝刊

思い出の映画⑧スター・ウォーズ

「思い出の映画」シリーズもやっと8話まで来た。
10話まで書くと宣言したのであと2話だ。
それはともかく「スター・ウォーズ」が初めて日本で公開されたのが1978年で今年も続編が公開されるということなので「スター・ウォーズ」シリーズとして38年間続いていることになる(さらに続くようだが)。
これは「男はつらいよ」シリーズの26年間(1969~1995)をはるかにしのいでいてすごいことだ。
もっとも「男はつらいよ」は山田洋二監督と主演の渥美清、助演の倍賞千恵子等は不変だし、作品数も「男はつらいよ」シリーズの方が「スター・ウォーズ」シリーズの5倍以上なので比較するのは無意味かもしれない。
ともかく「スター・ウォーズ」シリーズがここまで長く支持されてきたというのは偉大なことだと思う。
マンガに描いたようにぼくと連れ合いは第1作から全作品を観てきたが、この年末か年始に最新作「スター・ウォーズ ローグ・ワン」ももちろん観に行くつもりだ。


思い出の映画⑦燃えよドラゴン

数ある映画の中で、ぼくの実生活に最も影響を与えたのがこの映画だった。
なにせ、2年半も(笑)少林寺拳法を修業したのだ。
結局、大学に入ってから付き合っていたガールフレンドに失恋してからすっかりやる気がなくなり、大学3年の夏休みで止めてしまった。少林寺拳法部の仲間には今でも申し訳ないと思う。
そんなわけで、この映画は良くも悪しくもぼくの青春映画ナンバー1だったと思う。
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NHKネットラジオらじる★らじるの「過去の放送」が面白い(PART3)

ぼくは11月4日と11月28日のブログに「NHKネットラジオらじる★らじるの「過去の放送」が面白い」という記事を書いて、「カルチャーラジオ文学の世界-鴨長明と方丈記~波乱の生涯を追う」と「カルチャーラジオ科学と人間-漱石、近代科学と出会う」をお勧めしたのだが、どちらも9回目で追いついてしまった。ほかに「過去の放送」で面白いのはないかと調べてみたら、あった。
「過去の放送」⇀「情報・カルチャー」⇀「朗読」である。
最初「夏目漱石 坊ちゃん」を聞いていたが、これもたちまち第20回で追いついたので今は「高見順の敗戦日記より」を聴いている。今ストリーミング中の「高見順の敗戦日記より」は終戦前の東京近辺の様子を作家の目で実に正確に描写していて、胸に迫るものがある。特に昭和20年3月10日の東京大空襲後に高見順が浅草を訪れた時の描写は鬼気迫るものだった。後に広島、長崎でこれよりよりもひどい惨状になることを思うとき、戦争は絶対に許してはならないと思う。

映画の思い出⑥ゴッド・ファーザー

更新に時間がかかってしまった。
久しぶりのゴルフのための練習とかゴルフとか。結果は散々だったが(笑)。
それを差し置いても時間がかかってしまったのは、高校の時好きな女の子に一緒に見に行こうと言って断られたエピソードだけでは4コマ漫画にはならないからだ。
というわけで、今回は苦し紛れで以下のようなマンガになった。
それにしても、うら若き乙女をよりによって「ゴッド・ファーザー」に誘うというのは若気の至りというかバカというか。もっとも「ロミオとジュリエット」でも断られたとは思うが。
それはさておき「ゴッド・ファーザー」を最初に見た時に世の中のしくみの秘密をかいまみたような気がしたが、その後社会に出て定年まで勤めあげた経験やら見分に照らすと、その秘密は決して絵空事でないどころか今でもほとんどそのまま真実に近いと思う。
世界は金と暴力に支配されているのだ。
まあ、その話はリンクにあげている多くの有力ブロガーにおまかせするとして、この映画を芸術にまで高めたのは家族愛や恋愛をコッポラ監督が繊細に美しく演出したことと、ニーノ・ロータの音楽によるところ大だと思う。


映画の思い出⑤禁じられた遊び

ルネ・クレマン監督の「禁じられた遊び」は日本での公開は1953年9月6日(ウィキペディア)というからぼくの生まれる2年以上前の作品だ。当然、ぼくはずっと後にテレビ放映でたぶん中学生の時に見た。
第2次世界大戦終了から数年しかたってない時代に、というかそういう時期だからこそ表現できた強烈な反戦映画だと思う。
ただ今思うと、ただの反戦映画でははなくて、少年と少女が小動物のお墓を作るというのがこの映画の重要なテーマの一つだったが、人間だけではなく生けとし生きるものの「いのち」の大切さをクレマン監督は伝えたかったのかもしれない。


NHKネットラジオらじる★らじるの「過去の放送」が面白い(PART2)

ぼくは11月4日に「NHKネットラジオらじる★らじるの「過去の放送」が面白い」という記事を書いて、「カルチャーラジオ文学の世界-鴨長明と方丈記~波乱の生涯を追う」と「カルチャーラジオ科学と人間-漱石、近代科学と出会う」をお薦めしたのだが、今日、両方とも8回目を夕食の準備をしている時にアイフォンで聞き、本当に面白いと思ったので再度紹介する。
偶然だと思うが「鴨長明・・・」では長明の少欲知足思想、「漱石・・・」ではイギリスの有名な科学者ファラデー、および漱石の少欲知足思想が紹介され、とても興味深かった。
鴨長明と夏目漱石とファラデーがこう繋がるとは思ってもみなかったが、ぼくも来年から年金生活者として死ぬまで生きなければならない身として自分なりの少欲知足を実践していきたいと思う。

※今、ASKAという元歌手が覚せい剤を使用していたとして逮捕されたという報道であふれている。そもそもASKAという歌手の事を知っている国民がどれほどいるのか。ぼくはほとんど知らない。こういうどうでもいい報道をNHK始め各社が一斉にやるということは本当に大切な事実を隠す時にやる常套手段だが、今度は何を隠そうとしているのかな。



思い出の映画④続・夕陽のガンマン

記憶というのは曖昧なもので、11月18日の拙ブログ「映画の思い出①ブリット」で最初に見た洋画は「ブリット」と書いたが、ウイキペディアの公開年月日を見ると明らかに「続・夕陽のガンマン」の方が早いのだ。
それはともかく、確かにこの映画を見て洋画の面白さに初めて目覚めたのだと思う。
とにかく「ブロンディ」役のクリント・イーストウッドが抜群にカッコいいのだ。
その後ぼくの憧れのスターはジェームス・ディーン、アラン・ドロン、ポールニューマン、ロバート・レッドフォード、ブルース・リーなどに移っていくのだが、その話はまた。


思い出の映画③道

イタリアの巨匠フェデリコ・フェリーニの「道」を見たのはマンガのとおり中学生2~3年生っだった。
巨匠の作品だということは知らずに見たのだが、その時はそれなりに感動した思う。
ただ生意気にもジェルソミーナ役のジュリエッタ・マシーナの演技は凄いと思ったが、ジェルソミーナ役としては少し年を取りすぎているのではないかと思った記憶がある。もちろん彼女でなければこの映画は成功しなかったとは思うが。
あと、敗戦後のイタリアが日本と同等かそれ以上に貧しいと感じたのはカルチャーショックだった。
それはともかく、年を取って観るほど涙腺が緩むのは名作のゆえか老化のせいかよくわからないが、今見たら号泣すると思うので当分見る気はない。フェデリコ・フェリーニ監督の作品で「道」と同じくらい好きな作品は「アマルコルド」だ。機会があればまた紹介したい。


鎌倉、江の島は観光客でいっぱい!

マンガを書くのに忙しくて遅くなってしまったが、11月12日の土曜日に鎌倉、江の島へ行った。
年に1回開催している高校の同級生の同窓会「おとなの修学旅行」(次回は来年3月)の下見ということで幹事さんを含む首都圏に住む還暦を過ぎたジジイばかりの総勢4名の遠足だ。
鎌倉、江の島は20年以上ぶりの訪問だったのだが、当日は天気が良かったせいもあったのか、観光客で大変な賑わいだった。鎌倉は外国人(特に欧米人)も多かったが江の島はほとんど日本人だったと思う。日本人の中でも特に若い女性が多く、老齢化した多摩ニュータウンに暮らすぼくは「若い女性ってこんなにいたんだ!」と驚いた。若い女性を見たい方は鎌倉、江の島へGO!。それはともかくぼくの記憶している昔の鎌倉、江の島はそれほど観光客が多かったという記憶がないので、そのこと自体が新鮮だった。

「和彩 八倉」の生じゃこと海鮮どんぶり
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建長寺
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鎌倉大仏
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宇賀福神社(銭洗弁天)
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長谷寺
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江の島入口付近
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江の島にかかる歩道橋から見た富士山の夕景
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来年3月に「おとなの修学旅行」で宿泊するちょっとレトロな旅館
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思い出の映画②サウンド・オブ・ミュージック

「サウンド・オブ・ミュージック」は天国のような映画だ。
冒頭、ヘリコプターから撮影したと思われるアルプスの上空から次第に地上(といっても丘)に接近し、ついにその丘の花畑でジュリー・アンドリュースが歌い始めるシーンが何度見ても素晴らしい。
ぼくは中学1年の時、英語塾の先生に「エーデル・ワイス」の歌を教えられてこの映画のことを知ったのだが、初めてリバイバルで見たのは高校時代だったような気がする。その後もビデオやテレビで何度か見たと思うが、何度見ても映像も音楽も本当に素晴らしい。(後半、ナチスの脅威の話は本来この映画の目的だったかもしれないが、ロバート・ワイズ監督は見事にそのあたりを割愛しているところがいい!)
何かの本で読んだと思うが、主人公のマリヤ役には最後までオードリー・ヘップバーンも残っていたようだ。オードリーのサウンド・オブ・ミュージックも見たかったなあ。
それにしても映画が公開された1965年当時はこんなにハッピーな映画が製作できた時代だったんだなあと思うにつけ今の時代とのギャップを考えてしまう。


映画の思い出①ブリット

久しぶりにマンガを描いたので、アップする。
題して「映画の思い出①ブリット」。
今後このシリーズ(映画の思い出)で全部で10本くらい描こうと思っている。
先日、親友と会って飲みながら歓談した時、「最近のマンガはほのぼのしているけど、昔と比べると笑いのパンチが足りないね」と至極もっともな指摘を受けたので、思い出ばっかり描いていてはいけないと思いつつまた思い出になってしまった。どうしてもネタが出やすいのだ。
思い出に飽きたら、親友にほめてもらえるようなパンチのあるギャグマンガに挑戦しよう。
ブリット

祝!トランプ氏当選

アメリカ大統領選で、トランプ氏が当選した。
ぼくは不正選挙でヒラリー・クリントンが勝つだろうと思っていたので、数年前日本で小沢民主党が自民党を破った時と同じくらい喜んでいる。
これで当面アメリカの戦争屋(ネオコンを中心とする軍産複合体)が起こそうとしていたロシア相手の第3次世界大戦は遠のいた(ただし、窮鼠になった戦争屋が暴走する恐れがないとは言えない)。なぜそうなのかは、リンクを張っているぼくの先生方のサイトを見てほしい。
それにしても、トランプが勝利を確実にした時のNHK(日本偏向協会、アベ様のNHK)の狼狽ぶりが愉快だった。もう決まったのだからどうしようもないのに、やれ米軍基地負担が増えるのではないかとか何とか。馬鹿丸出しである。NHKの狼狽は即アベ政権の狼狽であって、トランプへの歯の浮くような総理の祝電だけは早かったのが逆に政府の慌てぶりを浮き彫りにしている。
これからどうなるか楽しみだなあ。




祝!定年退職1周年

誰も祝ってくれないので自分でこういうタイトルにした。
実際は去年の10月31日付なのですでに1週間以上たっているし、ぼく自身あまり意識していなかったので別にどうということもないのだが、節目なので記録として一応感想を書いておくことにする。
停年退職1年後のメリット、デメリットはぼくの場合以下のようなものだ。
■退職のメリット
・自由な時間が取れること(主夫業をしているので思ったほどではないが)
・通勤しないでいいこと
・上司という人間がいない事
・仕事をしているふりをしないでいいこと
・言いたいことを社会に対して言えること(ブログを発信しているおかげでブロ友ができた)
・平日にゴルフができること
■退職のデメリット
・収入がなくなったこと
・社会との接点が少なくなったこと
メリットとデメリットを比較してどうかというと、もちろん今はメリットを十分に享受しているがやはり収入がないというのはボディー・ブローのように効いてきて預金残高が確実に減っていくのはつらい。
ぼくは一応個人事業主として新電力と太陽光発電施設の販売代理店をやっているのだが、一方で昔からの夢でもあった漫画家になろうという野心も抱いていて、ぼくの周囲の人間は漫画家になることの方を勧めてくれる(実業家としては才能0と見られている?)ので今はそちらに重点を移している。
このブログでは今後も漫画を積極的に公開していくので応援をよろしくお願いします。

退職後習慣にしている僕の散歩コースの最近の風景

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NHKネットラジオらじる★らじるの「過去の放送」が面白い

ぼくは主夫なので夕方から3時間くらいかけて料理を作る。
その間何もないと退屈するので従来はテレビをつけっぱなしにしていたのだが、テレビは見るほどにバカになることがひしひしとわかるので最近はユーチューブかラジオを聴いている。その中で最近お気に入りなのがNHKのネットラジオ「らじる★らじる」の中の「過去の放送」の「情報・カルチャー」だ。その中に「カルチャーラジオ文学の世界」というのがあり、「鴨長明と方丈記~波乱の生涯を追う」がお気に入りだ。
鴨長明については没後800年ということで僕のブログでも8月30日に紹介したのだが、先月たまたま本屋に行ってNHKの出版物を見ていて、「鴨長明と方丈記~波乱の生涯を追う」というテキストを偶然発見した。
テキストは薄いのに1,000円近くしたから買わなかったのだが、番組(NHK第二放送 10月13日から毎週木曜日8:30~9:00放送)はストリーミングの「過去の放送」の「カルチャーラジオ文学の世界」でいつでも聞けることがわかったのだ。これが面白い。
カルチャーラジオには「人間と科学」というテーマもあって現在「漱石、近代科学と会う」というのもやっていて、これもなかなか面白い。
ぼくは最近のNHKは「アベ様のNHK」に成り下がっていて本気で受信料を払いたくないと思っている人間の一人ではあるのだが、こういう企画もあるのなら半分くらいは払ってもいいかなと思っている。まあNHKの内部でも今のNHKのあり方に疑問を持っている人も多いのだろうとは思う。



ホームページはWordPressで簡単に作れる

しばらくブログの更新が滞ってしまった。
それというのも僕が属しているゴルフ愛好家の団体から、ホームページ作りの依頼があって悪戦苦闘していたからだ。
自慢じゃないけど、ぼくはITリテラシーが低くてとても人様のホームページを作る能力などない。ただ、ぼくがまがりなりにも自分のホームページやブログを持っていることや定年退職して暇だろうと思われて依頼されたのだろう。その団体にはもう10年以上お世話になっているし、依頼してきた団体の役員の方とも懇意なので、「ショボくてもいいなら」という条件で引き受けた。
ぼくのホームページ(→エコ・プロダクション)は1年以上前にロリポップという会社のレンタルサーバを借りてWordPressというブログソフトで作っていて、今回も当然同じなのだがさすがに人様のホームページということもあり、少しはより深く勉強した結果、自分のホームページよりはだいぶ見栄えのいいホームページになったと思う(→稲城市ゴルフ協会)。
WordPressの良いところはホームページビルダーなどで使用するHTML言語の知識が皆無でもなんとかなることだ。
特にプラグインという機能を使って様々なアプリケーションをダウンロードすることで、より見栄えがよくなることを今回初めて知った。(自分のホームページを作った時はプラグインて何?という感じで全く使っていないのでそれはもう見るも無残。これから改善しなくては)
WordPressはロリポップとレンタルサーバ契約すれば簡単にダウンロードすることができるし(ロリポップと契約しなくともWordPressそのものは無料ソフト。ただ、レンタルサーバの会社とは契約しないとホームページにはならない)、レンタルサーバ料金も僕のプラン(軽いホームページ)だと250円/月+消費税と割安だ。
知ってる人は今更何を言ってるの?という話題だが、これからホームページを作ろうとする方には多少参考になるかも、ということで記事をアップした。

食べ物の思い出⑤「わらびもち」

最近は、というか大人になって酒を飲むようになって甘いものはほとんど食べなくなった。「わらびもち」も最後に食べたのがいつだったか覚えていない。酒飲みの中には甘いものも好きな人もいて少しうらやましい気もする。
食べ物の思い出⑤縮小

食べ物の思い出④「スパゲッティ」

今回は「スパゲッティ」。
昭和30年代に家庭で食べるスパゲッティというのはたいていこのマンガのようなものだったのではなかろうか。
これはこれで美味しいと思う。ぼくはスパゲッティでは日本生まれのナポリタンが好きなのだが、子供の時に食べたこのスパゲッティの影響かもしれない。ナポリタンと言えば、新橋駅前のニュー新橋ビルの1階にオムレツとナポリタンが売り物でスタンド席だけの「むさしや」というお店があり、いつも行列ができていて気になっていたのだが、ある時思い切ってぼくも並んで店に入った。
もちろんナポリタンを注文したのだが山盛りで出てきて驚いた。美味しかったので全部食べたけど、その後この店には行ってない。

食べ物の思い出④縮小

食べ物の思い出③「中華そば」

食べ物の思い出の第3弾、今回は「中華そば」。
ぼくが幼少の頃、生まれ育った四国・香川県西部では「ラーメン」という言葉はなく、「中華そば」のことを「中華そば」としか呼ばなかったような気がする。また、「中華そば」の専門店というのも近所にはなく、マンガに出てくる近所の大衆食堂はうどんでもライスカレー(当時はカレーライスと呼ばなった!)でも出前してくれていたと思う。インスタントラーメンの登場はもう少し先だったかな。
食べ物の思い出③縮小

食べ物の思い出②「ハム・エッグ」

今回は初めて食べた洋食=ハムエッグについての思い出。

食べ物の思い出②縮小


食べ物の思い出①「サンドイッチ」

食欲の秋。
今回はぼくの食べ物に関する思い出をマンガにしました。
全6話を順次掲載します。

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原発廃炉費用・一億総負担

2016年9月21日の東京新聞朝刊によると、国は全原発の廃炉費用を国民全員に負担させる方針という。原発電力を拒否し新電力と契約した国民も例外ではない。
この記事の内容そのものはネットや新聞の片隅に小さく出ていたこともあって「ご冗談でしょ」と思っていたのだが、新聞の一面に出てくるということは政府は本気でこういうことを考えているということだ。
もしもこのようなことが強行されるならば、現在においてもすでに破壊が進んでいる日本の民主主義と自由主義は完全に崩壊してしまう。要するに日本はファシズム国家あるいは共産主義国家になるということだ。
民主主義と自由に価値をおく国民としては絶対にこれを許してはならない。
この「原発の廃炉費用は国民全体の負担」という発想は戦時中の「一億総玉砕」、戦後直後の「一億総懺悔」と同じで「一億総負担」と言っていい。ただ、「一億総玉砕」と叫んでいた戦争の中心的当事者が敗戦の責任を国民全体になすりつけて「一億総懺悔」と言い、本人は戦後もちゃっかり支配層となってぬくぬくと生き延びてきたことを決して忘れてはならない。


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本当の仏教はいいのかも



ぼくはある程度まともと言われている東京新聞の読者ではあるが、普段は天気予報(これも100%信用しているわけではない)、スポーツの結果、番組表、占い(連れ合いが好きなので)くらいしか見ない。というのも「こちら特報部」でたまに良い記事がある以外、内外の政治・経済分析は他の新聞とそれほど変わらず鈍いからだ。ぼくは最近の不正選挙の可能性について東京新聞に直接質問したが、「木に鼻をくくったような」回答(要は証拠がないから記事にしない)しか得られなかった。それでも回答を得られただけでもましと思って購読は続けている。
それはともかく、9月17日(土)の文化欄でたまたま植木雅俊と言う人の「仏教の出会いと人間主義の探求」というコラムに目が止まった。この人は仏教学の世界的権威・中村元氏の弟子ということだった。
植木氏はもともと物理学を専攻していたのだが途中で仏教に興味を持ち、独学で仏教を研究していたのだが、縁あって41歳の時に中村氏の指導を受け、山積していた疑問が氷解したという。
ぼくはなぜかこの記事に興味を持ち、早速アマゾンで植木雅俊氏の著書「仏教、本当の教え」(中公新書)を取り寄せて読んでみた。
これが面白い。ぼくは特に第1章に感銘を受けたので、見出しだけ羅列しておく。
・タゴールの仏教評価
・徹底した平等-生まれによる差別の否定
・人の貴賤は行ないで決まる
・法の下の平等
・男女の平等
・仏教のジェンダー平等
・”十大弟子は”は男性出家者に限らなかった
・迷信・ドグマの排除
・安心を施すのが仏教
・護摩と沐浴の否定
・呪術・占いの否定
・正しく見て・考えて・行動する
・西洋的な倫理観を説かず
・「真の自己」の探求
・自帰依と法帰依
・法に依って人に依らざれ
・自己への目覚めが他者への慈しみに
・自己こそ自己の主
・「あなた自身を知りなさい」
何か難しいようだが、植木氏はそれぞれについて大変分かりやすく解説している。
特に僕が気に入ったのは、植木氏が長年仏教の言い伝えとされている「北枕で寝ることは縁起が悪い」という根拠をインドで実際に調査したところ、インドでは北枕で寝ることが一般的だったということに衝撃を受けたというところだ。
このエピソードは実は本書の中に貫かれている重要なテーマでもあるので是非ご一読をお勧めする。
ぼくは最近仏教から離れて神道の方に惹かれていたのだが、原始仏教、つまりゴータマ・ブッダが何を主張していたかをもっと知りたくなった。

911事件と私

911

■911事件
911事件の起こった2001年はその11月に自分が転勤(左遷)になったこともあり、個人的にも思い出深い年だった。
それはともかく、2001年の9月11日はいつものように午後9時のNHKニュースを見ていたが突然写真のような映像が流れてきて、何が起きたのかわからないまま画面をながめていたところ、しばらくして飛行機らしきものがWTCのもう1棟に突入するというまるで映画のようなシーンが流れてきた。その後ペンタゴンが攻撃を受けたとかハイジャック機が墜落したとか深夜までテレビにくぎ付けになったことを覚えている。
911事件後アメリカは速やかにアフガニスタンに侵攻、さらにイラクを攻撃し、世界は一気に不安定化して現在に至っている。
ぼくはアメリカが無理やりイラクを攻撃した頃から一連の流れに疑問を感じていたが、その後読んだベンジャミン・フルフォード氏の著作「暴かれた9.11疑惑の真相」を読んで強い衝撃を受けた。


911事件の疑惑についてはグーグルで「911」を調べると山ほど記事が出てくるが、一昨日の9月11日にアップされた植草一秀氏のブログ「知られざる真実」の記事が簡潔(5分で読める)かつ明快で秀逸なのでぜひ一読してほしい。(ここをクリック→知られざる真実)日本ではおそらくまだ9割以上の人が911事件はオサマ・ビン・ラディン率いるアルカイダの犯行というアメリカの公式発表を信じていると思われるが、本国のアメリカでさえ国民の半数以上はこの公式発表を疑っているという話もあり、また今年になってロシアのマスコミから疑問が呈されたり、極めつけはあのアメリカ大統領候補のトランプ氏が「私が大統領になったら911事件の疑惑を明らかにする」と演説したということだ。いずれは真実が明らかになる日が来るに違いない。

■911事件後の私
さて、先に書いたベンジャミン・フルフォード氏の著作を読んだ事をきっかけとして、ぼくはいわゆる「陰謀論」(「陰謀論」とは1960年代にCIAが真実を暴こうとする人の主張に対して否定的レッテルを張ることを目的に作り出した言葉だそうで、本来は「陰謀暴露論」「真実論」と呼ぶほうが正しい)に嵌っていった。当時、まだ太田竜氏が健在で彼のホームページや著作を中心に、デービッド・アイク、ジョン・コールマン、ユースタス・マリンズ、鬼塚英昭、落合莞爾等の著作を読み漁り約10年が経過した。

■「真実論」研究の経過報告
真実論を研究して分かったことと分からないことをそれぞれ羅列してみる。
(1)分かったこと
・「真実論」を追うと孤独になる。端的に言えばぼくが理解したことや知ったことを人に話しても家族や親友でさえ信用してもらえないどころか「頭は大丈夫?」と言われる始末だ。。確かに僕自身「真実論」を追い始めたころは、「まさか」「嘘だろ」の連続だったのでその理由はわかる。それほど現代に生きる日本人は深く深く洗脳されているのだが、その洗脳手段はまず学校の「教育」、次にマスコミの報道だ。
・学校の「教育」の中で有用なのは[語学」「数学」(昔から「読み書きソロバン」とはよく言ったものだ)くらい。
・マスコミはその生い立ちから政府の広報機関なのでテレビ欄、株価、スポーツの結果、天気予報以外は信用してはいけない。真実の情報は信用のできる人、ミニコミ、ネット、書籍にあるので自分で選択するべし。
・今の世界は他人の「命」よりも自分の「マネー」に価値を置く集団に支配されている。「マスコミ」も「学校教育」も彼らが支配している。
(2)分からないこと
「真実」。矛盾しているようだが「真実論」は「真実」の一端しか見せてくれない。もちろん論者によって言説もさまざまだ。どうしても「群盲、象を撫でる」状況になりがちで、絶対の「真実」の姿は容易に分からない。

■結論
映画「マトリックス」で主人公ネオがレジスタンスのリーダー、モーフィアスからリクルートされる場面で、モーフィアスがネオに赤いカプセルを飲むと現実世界に、青いカプセルを飲むとマトリックス世界に生きることになるがどちらを選ぶかという場面があった。ネオはもちろん赤いカプセルを飲み、苦難の現実世界で活躍する。「真実論」の研究はそれと似たところがあって、政府やマスコミが作った「マトリックス」に浸かっていると安心(安全ではない、というより極めて危険)だが、いったん「真実論」に入ってゆくとそこには精神的苦難が待っている。それでもぼくは酔生夢死に生きるのはいやなのでこれからも「真実論」の研究は続けたいと思っている。ほどほどにね。






「方丈記」の鴨長明没後800年(その2)マンガ版

前回書いた「鴨長明」についての漫画版です。
「方丈記」考-001

「方丈記」の鴨長明没後800年

「ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。」という一説はおそらく日本人の誰もが一度は学校の古典で学んだことがあるだろう。しかしそれが鴨長明の「方丈記」であるとすぐ思い出す人はそれほど多くはないのではなかろうか。8月28日の東京新聞日曜版の「鴨長明没後800年特集」を読んでぼくもなんとか思い出した。ただこの新聞記事を読むまで、ぼくは鴨長明及び「方丈記」の事をほとんど知らなかったことを知った。
記事を読んで最も興味深かったのは、鴨長明は晩年出家し、都(平安京)の郊外(伏見区日野)に一人で庵を建てて住んでいたのだが、その庵の広さが方丈、すなわち一丈(約3メートル)四方だったことで、その庵で記した随筆が「方丈記」ということだ。居室がわずか9平方メートルということは5.5畳程度の広さしかないということで、ちょうどぼくの書斎兼仕事場と同じくらいの広さなので急に鴨長明に親近感を抱いた。確かに一人でいるにはそれくらいの広さで十分だ。もっとも僕の場合は寝室は別にあるとしても、机を3つコの字型に並べた上にパソコンやテレビやCDプレーヤーを置き、さらに壁際に本棚を3つ置いているので方丈庵の方が余程ゆとりがありそうだ。しかも周りを山に囲まれて花鳥風月を楽しむ鴨長明の生活には憧れを抱く。
しかし、だ。気候の良い春や秋はいいとして冬の京都郊外山間部の寒さはいかばかりだったろう。また夏は暑さはもちろん蚊をはじめ害虫対策が大変なことは想像に難くない。その点あまり見晴らしの良くないマンションの一室ではあっても寒さ暑さや害虫は凌げ、カラスや雀の鳴き声に交じって野鳥の声も聞こえるぼくの書斎も捨てたものではないと思うのだ。
ところで、新聞記事にも「方丈記」は400字詰原稿用紙20枚程度とあったので、早速ネットで調べて読んでみた(原文と現代語訳が併記されているこちらのサイトをおすすめします→http://www.manabu-oshieru.com/daigakujuken/kobun/houjyouki.html )。やはり書き出しの「ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。」しか記憶になく、各段新鮮に読むことができた。前半は当時の京都の災害の事、後半は住居論や人生論が説かれていて、800年以上経った今読んでも心打つものがあって流石に古典の中の古典だと納得することができた。皆様にもぜひ一読をお薦めする。

東京新聞2016年8月28日 日曜版
東京新聞


「シン・ゴジラ」は必見だ!

この間、評判になっているという「シン・ゴジラ」を観てきた。
ぼくは数あるゴジラ映画の中(と言っても全部見ているわけではないが)で、オリジナル版「ゴジラ」は別として、間違いなくベスト作品だと思う。その理由として
・テンポの良いストーリー展開
・特撮(CG)のリアリティ
・日本政府・社会に対する風刺
・オリジナル版「ゴジラ」へのリスペクト
等があげられると思うが、5年前の福島第一原子力発電所の事故がなければおそらく生まれることのなかった映画だし、だからこそ価値がある作品になったと思う。ネタばれになってしまうのでこれ以上は書かないが、ぜひ多くの方に見ていただきたい。
それにしてもぼくは「シン・ゴジラ」のシンは「真」なのか「新」なのか「神」なのか、はたまた別のシンなのか興味を持っていたが、
その疑問はこの映画を見て氷解した。
なお、「シン・ゴジラ」の考察についてはぼくが敬愛するブログ「 人生は冥土までの暇潰し」に詳しいのでそちらもぜひ読んでいただきたい。
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おまけ①30年前くらいに描いた昔のぼくのマンガ
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おまけ②うちの「ニャン・ゴジラ」
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天皇陛下の「お気持ち」

天皇陛下の「お気持ち」

初めての祇園祭

高校時代の同級生とここ数年「大人の修学旅行」と称して毎年いろいろな観光地で同窓会を開催していて、今年は3月に城崎温泉で開催したのだが、それとは別に祇園祭りをぜひ見たいというメンバーがいて臨時の「大人の修学旅行」が7月16日、17日開催され、ぼくも参加してきた。臨時と言っても10人(男性6名、女性4名、定例会は大体10数人)なので結構な出席率だ。
それにしても今回のツアーはぼくたちの中心的メンバーで京都在住、しかも旅館・割烹の経営コンサルタントをされているT女史の存在なくしては到底不可能でそのコスト・パフォーマンスと周到な計画には驚愕した。
Tさん、ありがとう。
時系列で何処へ行った、何を食べたという話は他人には全く興味がないであろうと思われるので、僕にとって興味深かったことだけ簡潔に紹介しようと思う。

■御金神社、京都恵比寿神社、六波羅蜜寺
「大人の修学旅行」の待ち合わせは16日に京都駅で午前10:50、ぼくは新宿から前日の深夜11:40新宿発、京都駅着6:45着の高速バスで行くことにしていて、時間があるのでまだ行ったことのない二条城か京都御所を見学しようと考えていた。ところがたまたま「神頼み入門」という本を京都旅行の少し前に読んでいたら京都駅近くには「金運向上」のご利益のある社寺として「御金神社」「六波羅蜜寺」が、「商売繁盛」の社寺として「京都恵比寿神社」があることが分かった。会社を辞め自営業に転ずるも全く売り上げが上がらないぼくにとって(笑)は、これは神働きだと思い急遽行ってみることにした。



御金(みかね)神社
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京都恵比寿神社



六波羅蜜寺
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地下鉄、京阪電車、JRを乗り継ぎ約3時間で3か所を訪れることができた。
「御金神社」はその名前から近年人気があるようだが本来は「金属」の神様とのこと。おみくじやお守りの販売所は無人で料金をいれるボックスが置いてある。まるで農家の無人直売所だ。
「京都恵比寿神社」は正面の拝殿から脇の横道を入ると拝殿の横に恵比寿様の像が覗ける小窓があり、「やさしくノックしてください」と書いてあるところがお茶目だ。お守りの京恵比寿コインが可愛い。
ぼくが一番いいと思ったのは「六波羅蜜寺」だった。
ネットで調べたら拝観料500円とあったので「ちょっとなあ」と思っていたが、それは宝物館を見学する場合であって、普通にお参りするのは無料ということが現地でわかって急に機嫌が良くなった。
ここには観世音菩薩を本尊とする寺の本堂と弁財天をお祀りする神社が並んでいてユニークだ(写真は神社の方)。神社参拝後、当然お寺の方へもお参りしたのだが、こちらの観音様には得も言われぬ安堵感に包まれたような気がした。
お守りやおみくじの販売所の隣には銭洗い弁財天が鎮座している。自分の持っている硬貨を3回洗ってお守りに入れ、預金通帳と一緒に置いておくとお金が増えるということだ。さらにストラップもついていて、こちらは普段から持ち歩くと金運が良くなるそうだ。
お守り(といっても紙袋だが)とストラップで500円はお得?

■老舗旅館と川床料理
寺社を3カ所見た後、今回の「大人の修学旅行」メンバーと京都駅西口「時の灯」で合流。JRで宇治に行き、料亭で宇治茶づくし料理を食べた後「平等院鳳凰堂」へ。見学を終えて京都に戻り、16:00頃旅館に到着。実はT女史から事前に「ボロ旅館だから古くて狭いけどがまんして」と言われていたのだが、完全に担がれていたことが判明。実は鴨川を望む京都らしい完璧な老舗旅館だったのだ。旅館にチェックインして一休みしてからあこがれの川床で宴会に突入。人生最良のひと時でした。

鴨川を望む老舗旅館「鶴清」(つるせ)

「千と千尋の物語」風の木造旅館と提灯
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あこがれの鱧(料理コースの一部)
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宴会の後夜の祇園祭見学に出かけ、旅館に戻って二次会。夜中の一時くらいまで飲んでお開き。みなさん元気です。

■醍醐寺
昼の祇園祭はお昼の頃にすべての山車が方向転換して南下する新町御池付近の交差点で見学する予定になっていて、午前中は観光客が少ない郊外の観光地「醍醐寺」へ。真言宗醍醐派総本山だという。自分の無知が恥ずかしいばかりだが、京都にこんなに大きいお寺があるとは全く知らなった。後で調べると200万坪(660万㎡)以上の境内を持っているとのこと!もちろん広いだけでなく、京都最古の五重塔(951年建立)や桃山時代を代表する書院造の三方院とその庭も見どころだ。まだ訪れていない方にはぜひおすすめしたい。
美しい境内の道
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京都最古の五重塔
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三方院唐門
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三方院正面
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三宝院庭園
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■祇園祭
祇園祭は16日の夜と17日の昼に見学した。
前述したTさんのおかげで、最も効率よく見物することができた。
感動した、と言いたいところだが、どうしてこんなに観光客がいるのか驚いたというのが正直な感想。
特に夜はすごい人通りで狭い道は1分で20~30mしか進めない。(経験者によるともっと混んでいることもあると言う)
でも一生来ることはないと思っていた祇園祭を間近に見られたのだから、幸運という他はない。Tさん、もう一度ありがとう。
なお京都に詳しくなく、友人・知人もいないけれど祇園祭をぜひ見物したいという方は早めに団体旅行に参加することをお勧めする。それほど祇園祭見物は大変だ。
タイトルが「初めての祇園祭」なのにここまで書いたら疲れてしまった(笑)ので今回はこれまで。
夜の祇園祭風景
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昼の祇園祭風景
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小次郎破れたり!

残念ながら参議院議員選挙は、ぼくの前回のブログ「あってはならない」ことがまた「あった」可能性が高いと思われる。
しかし今回の選挙では「三宅洋平」という抜群の精神性、知性、教養を備えたカリスマを見出すことができたことが何よりの収穫だ。
本人もライフワークとして今後も政治活動に取り組むといっているのでこれからも応援していきたいと思う。

あってはならない!

あってはならない!

ぼくは三宅洋平に投票することに決めた

ぼくのお気に入りのブログの一つに「兵頭に訊こう」というブログがあり、参議院議員(東京都選出)候補の三宅洋平が紹介されている。この中で三宅洋平の選挙演説(2016年6月23日 三宅洋平 選挙フェスDay2 JR高円寺駅北口 東京都選挙区 参議院選挙)が紹介されているのだが、ネット上ではすでに伝説になっているらしい。三宅洋平は3年前の参議院選挙にも出馬していて、その時も僕は動画を見たと思うのだが、正直チャラけた目立ちがり屋くらいの印象しかなかった。しかし、3年経って今回の選挙演説を聞いた時、「男子三日会わざれば括目して見よ」という諺を思い出した。明らかに3年前の三宅洋平から長足の進歩を遂げているのだ。ぼくは特に5分半くらいから始まる数分間の演説に感銘を受けた。
彼はここで靖国神社にも触れているのだが、先の戦争で犠牲になった兵隊の遺族にとっては心の拠り所であることを理解しなければならないとの趣旨を語った。ぼくの母の兄も大東亜戦争で徴用され、内地ではあるが異郷で戦死し靖国神社に祀られている。母は常になぜ総理大臣が靖国神社に参拝することに反対するのかと憤っている。三宅洋平は靖国神社問題も日本人を分断するために作り出されたもので、賛成派も反対派もじっくり対話すべきと言う。確かにそのような姿勢こそ現代の日本人に最も欠けていることで、日本人同士が右だ左だとレッテルを張りあって互いに非難しあっていては日本の真の支配者の思うツボだろう。支配者の鉄則は「分割して統治」することだから。
ともかく参議院選挙の地方区でだれに投票するか迷っていたぼくとしては三宅洋平に決まって良かったと思っている。
まあ、ぼくが最も期待する政治家は小沢一郎であり、小沢一郎の仲間が山本太郎であり、山本太郎の仲間が三宅洋平なのでそういう意味でもベストな選択というわけだ。

初孫が生まれた!

昨日、長男に初めての子供が誕生し、還暦の僕は名実ともに「おじいさん」になった。
初孫は女の子で、送ってくれた写真を見る限りとてもかわいい。目がぱっちり開いているところは34年前に長男が生まれた時と同じで感慨深い。ある先輩から「老けないように」と忠告をいただき腑に落ちる気がした。
それにしても偉いのは長男の嫁さんである。女性は凄いし、素晴らしい!

ぼくの昔の漫画

いつも楽しみに見ているブログ「人生は冥土までの暇潰し」の作者であるぼくの敬愛する著名ブロガーの亀さんが、ご自身のブログで思いがけなくぼくのブログの漫画(「主夫と生活」)をお褒めいただき、豚が木に登ったような気分になっていた。その後亀さんのご厚意で亀さんの知り合いの元プロ漫画編集者の方にも見ていただき批評をいただいた。その結果は自分でも思っていた欠点をズバリ指摘され、さすがに元プロは厳しい目を持っていらっしゃるなあと感心するとともに木から再び地上に戻った。ただ、元プロは「まったく芽がないというわけでもありません」ともおっしゃってくれたので、たとえお世辞であったとしてもうれしかった。
元プロ漫画編集者の方に指摘されたのは「絵にしても、物語の展開にしても、オチにしてもアクがなさ過ぎます。強烈な個性がどこにも見られません」ということで、それはまったくそのとおりで定年後の心境を漫画にしたものの、続編の作りようがないなとぼくも思っていた。昔はもっと面白い漫画が描けていたよなと思い昔の原稿を探してみたら若干残っていた。読み返してみると自分ながら今でも結構面白い。これからの漫画作りの方向性を過去の自分の漫画に教えてもらったような気がした。
そういうわけで、本来ならば時宜にかなった新作漫画を披露すべきところ、原稿の残っている過去の漫画の中で自分が気に入った3作を公開する。

まずはオリンピック・イヤーにちなみ
シドニーオリンピック

これは今でも通用すると思う
総理大臣の学力

これはぼくのお気に入りの一つ(総天然色)
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テレビドラマ「重版出来」(じゅうはんしゅったい)が面白い

TBSで毎週火曜日午後10:00~11:00放映中のドラマ「重版出来」(じゅうはんしゅったい)が面白い。
大手出版社の漫画担当部署の新人編集部員と様々な漫画家を中心としたドラマだ。
最初、ぼくも重版は版を重ねる(当初は売れるかどうかわからないので例えば3000部を印刷・製本・販売ルートに乗せて売れ行きを見、売れるようならばさらに同部数程度を製作する)ということぐらいは理解していたのだが、出来(しゅったい)という言葉は初めて知った。それほど書籍(コミック)において版を重ねることは難しく、重版が出来ることは出版社にとっても著者にとっても非常にまれで幸運なことだということが出来(しゅったい)という言葉でよくわかった。
それはともかく、ぼくは最近はテレビは原則的にニュースと天気予報、見たい映画とゴルフの録画しか見ない(例外的に「深夜食堂」とか「孤独のグルメ」とかはネットで評判を知って見た)のだが、「重版出来」は初回から自発的に見ている。
なぜぼくが「重版出来」を初回から見ようと思ったかといえば、第一にこれからの人生を漫画家として生きていきたいと思っている自分にとって、何か得るものがあるかもしれないと思ったこと、第二に主演が黒木華、共演者がオダギリ・ジョー、松重豊だったことだ。
黒木華は山田洋二監督の「小さいおうち」、「母と暮らせば」を見て、その演技力に魅了されてファンになったし、「深夜食堂」に出演していたオダギリ・ジョーも「孤独のグルメ」の松重豊もぼくの好きな俳優だ。
漫画が原作ということもあって最初は多少不安を抱えて見てきたのだが、回を重ねるごとに面白くなっていて今では毎週楽しみにしている。基本的にはコミカルなドラマだが、漫画編集者や漫画家の心理に迫る時は原作者が漫画家だけあってかなりリアルな場面もあり、興味深い。
これからも応援したいテレビドラマだ。
黒木華


災害時の従来型仮設住宅に異議あり!

前回ブログを更新してからもう1カ月以上経ってしまった。
その間、熊本地震のことやゴールデンウイークがあったりで理由をつければなんとでもつけられるのだがやはり自分自身の怠慢が原因なのは明らかだ。猛反省。

ところで、震災のたびに思うのだが、あのプレハブの仮設住宅というのはもはや完全に時代遅れではないのか。
1995年に発生した阪神淡路大地震の時さえそう思ったのだが、16年後に発生した東日本大震災でも被災者のための仮設住宅はほとんど進歩していないのに驚いた。
今も東北で仮設住宅に居住している方には失礼かもしれないが、というより居住を余儀なくされている方に失礼をしているのは政府や行政だと思うのだが、あの災害被災者向けの仮設住宅は惨めすぎないだろうか?
もちろん中東あたりの難民キャンプにくらべればマシかもしれないが、経済大国を自称している日本の被災者の住宅として、たとえ仮の住まいであっても住居としてのグレードが低過ぎるのではないかと思う。あれでは江戸時代の長屋と同じではないか。
それでなくても災害で心を痛めている人をあのような劣悪な仮設住宅に住まわせるのはあまりにも無慈悲ではないかと思うのだ。災害被災者の仮設住宅は一般の人も住んでみたいと思うような住宅でなくてはならないとぼくは思っている。しかも、仮設住宅の敷地を決定するのも、敷地が決定した後で仮設住宅を建設するのもやたらに時間がかかる。
そこでぼくは政府がちゃんとしたコンテナハウスを災害被災者用仮設住宅として最低1万戸ほどストックしておくことを提案したい。
有事の時、仮設住宅の敷地を決定したり、敷地造成・電気・ガス・水道・下水道等のインフラを整備する時間は同じだとしても、そこから従来型仮設住宅を建設するのに比べ工期は3~6か月短縮でき(コンテナハウスは現地まで運んでクレーンで下すだけ)、費用は半分、グレードは格段にいいのではないかと考えている。
ぼくはコンテナハウス業界にも従来型仮設住宅業界にも全く関係のない人間だが、合理的に考えればこういう結論になるのではないか。
ただ、日本は既得権益が強くて「無理が通れば道理が引っ込む」社会なので実現可能性は低いとも思っているが。
熊本地震に思う

川内原子力発電所停止に関する緊急のお願いです。

熊本地震でお亡くなりになられた方のご冥福をお祈りするとともに、被害者の方のご無事をお祈りいたします。
熊本地震は誰も予想できない展開になっており、今後の推移が心配されます。
地震そのものは天災であり人間の力ではどうしようもないものですが、今回の熊本地震の震源が川内原子力発電所に迫る恐れがあります。
万一、川内原子力発電所の間近で震度7とか6の地震が起こった場合、事故が絶対起きない保証は何もありません(ぼくは震度7だと必ずや重大事故が起きると確信していますが)。
同じ気持ちを持つ方が全国キャンペーン(下記URL)をされておりますので、福島の悲劇を二度と起こしてはならないとお思いの方はぜひご賛同願います。
↓ココをクリック!
川内原発を止めてください


ぼくは再び漫画を書くことにした

前回の本ブログで「ペゴロスの母に会いに行く」を紹介したが、この作品のおかげでぼくはまた再びマンガを描くことができるような気がしたので描いてみた。
再びというのは、昔、ぼくは自分の勤めていた会社の社員組合の広報誌に4コマ漫画をほぼ毎月数年間描いていたことがあったのだ。
定年退職を機にまたマンガ(4コマ漫画主体のギャグ漫画)を描きたいと思っていたのだが、何を描いていいのかわからず悩んでいた。
組合広報誌には会社や社会への風刺をギャグにして描いてきたものだが、今の時代は現実のほうが漫画的というべき状況にあって、社会風刺のギャグ漫画というのはなかなか難しいと考えていたのだ。
そこでぼくは社会風刺のギャグ漫画にこだわらず、日常の中で自分が思ったことをエッセイのように漫画にできないかと漠然と考えていたのだが具体的なイメージがなかなか浮かばなかった。
そんな時、偶然「ペゴロスの母に会いに行く」に出会い、ぼくの考えていたイメージの輪郭が具体的に見えてきた。
それで描いたのが下記の作品だ。
ぜひ感想を聞かせて欲しい。
とりあえず自分の身辺の日常の出来事の中で面白いと思ったことや考えたことをコツコツと描いて、今後も本ブログで継続的に発表していきたいと思っているので、応援をよろしくお願いします。

主夫と生活(表紙)
主夫と生活(1)
主夫と生活(2)
主夫と生活(3)
主夫と生活(4)
主夫と生活(5)

プロフィール

YUKI

Author:YUKI
■性別:男
■年齢:後期中年
■趣味:ネット、ゴルフ、マンガ、映画、読書、外国語
■好きなもの:自由、睡眠、酒、タバコ、ネコ

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