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シャッター通り商店街(2)

前回のブログでぼくが高校生の時にしばしば訪れた二つあった丸亀市街の商店街の一つはなくなり、もう一つもなくなりそうになっていることを書いた。

■商店街の歴史
商店街はスーパーマーケットが日本で誕生する昭和40年(1965年)頃まではおそらく全国各地にあって、それなりに賑わっていたのだろうと思う。ただ、ぼくは自分の記憶だけを頼りに下記のようなイメージを持っている。

(1)昭和40年(1965)代・・・日本全国でスーパーマーケットが誕生。中小商店街の没落の始まり。
(2)昭和50年(1975)代・・・中小企業のスーパーマーケットが淘汰の時代を迎え、地域の大手スーパーが栄える。小さな商店街が消え、地域の中商店街の元気も衰えを見せる。
(3昭和60年(1985)年)・・・地域大手スーパーも全国大手スーパーに押され始める。中商店街の店が減ってゆく。
(4)平成元年(1989)代・・・全国大手スーパー(とりわけダイエーの躍進)の時代。中商店街の輝きが消える。
(5)平成10年(1998)代・・・ダイエーの没落、ジャスコ、イトーヨーカドーの躍進。中商店街の生き残りが厳しくなる。
(6)平成20年(2008)代・・・ジャスコ(イオングループ)、イトーヨーカドーの時代。中商店街の没落が一層激しくなる。
(7)平成29年(2017)代・・・イオン、イトーヨーカドーといえども経営が厳しくなる。元気のある地域スーパー(例えば「きむらや」とか「ヤオコー」とか)が盛り返しているようにも見える。商店街は都道府県庁所在地の大商店街以外絶滅したか絶滅の危機に瀕している。

流通には全く素人なので、上記のイメージが正しいかどうかはわからないが、問題はかつての地域の中商店街である。
なぜぼくがかつての地域の商店街を問題視するかといえば、かつての中商店街は鉄道駅に隣接していて不動産価値がありながらその価値を利用していなくてモッタイナイと思うからだ。

■商店街の再生は可能か
では、商店街の復活は可能か?
ぼくは昔のような、単なるモノを売るお店の集まりとしての商店街の復活は不可能だろうと思う。
なぜならば
(A)地方都市の郊外にはイオン・モールのような駐車場完備の大型店があり大抵のものは揃う。アマゾンでも揃う。
(B)商店街の店主の高齢化と後継者不足
の二つは致命的だからだ。
しかし、昔の商店街の復活は不可能でも時代に合った商店街の再生の可能性はあると思う。商店街がダメになった上記(A)(B)の中にこそチャンスがあるのだ。
(A)については、大型店は車の運転ができる人しか行けないことが今後問題になることは間違いない。なぜなら高齢者化によって運転ができない人が確実に増えるからだ。その解決策として自治体はコミュニティ・バスを増やさざるを得ないが停留所の起点を商店街に置くのだ。そして、商店街でどのような商売をするかが最大の問題だが既述のように単なるモノではなく、サービスが中心になるのではないかと思われる。
(B)については、やる気がある若い人を商店街の店主として誘致するのだ。もちろん何をやるかは新しい店主が決める。誘致に際しては自治体が強力にバックアップする必要がある。

■結論
シャッター通り商店街についてぼくの思いついたことを書いてきたが、商店街の再生は商店街自身のやる気と自治体の強力なバックアップが絶対に必用だ。ただ、自治体のバックアップと言っても駐車場のような単なるハコモノではない。地方の商店街が衰退する第一の理由として「駐車場がない」という意見が一般的だが、ぼくはそれは絶対に違うと思う。商店街に魅力があれば人は公共交通機関や自転車や徒歩でも行く。
丸亀のシャッター通り商店街が新しく生まれ変わる姿をぜひ見たいものだ。

現状の丸亀「通町」
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