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曹洞宗と神道の類似性について

4月22日のぼくのブログ(道元、カンゲキ)に道元の「正法眼蔵」(「しょうぼうげんぞう」のことを初めて書いた。以下のような文章で始まる。
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NHKの番組に「100分de名著」という番組があって「道元」を特集していた回のものをユーチューブで見て面白かったので、道元の書いた「正法眼蔵」(「しょうぼうげんぞう」と読む。ぼくは「せいほうがんぞう」だと思っていた。「でんでん」を笑えない)を読んでみたいと思った。訳注付きの本はいろいろあったが、講談社学術文庫の「正法眼蔵 全訳注 増谷文雄」の一巻目を読んでいる。
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で、その後どうなったかというと一巻を何とか読み終えたものの難しいし、現代から遠く離れた話のなのでそのままになっていた。
ただ、何となく宿題をやり残したような感じが残っていたので、第二巻を今日図書館から借りてきた。
ついでに「正法眼蔵随聞記全訳注 山崎正一」も借りてきたのだが、とても返却日の2週間後までには読みきれないだろうと思っている(ただ、ぼくが住んでいる自治体の図書館は次の借り手の予約がなければ後2週間追加で借りられるのでそれまでには何とか読めるかな)。
その時のブログに道元の「正法眼蔵 全訳注 増谷文雄」の一巻を読んだ時の感想で「洗浄」という巻は圧巻でトイレの話に始終していることに驚いたことを書いたのだが、道元が「洗浄」で説く潔癖性と日本古来の神道に見られる穢れを祓うという考え方とは極めて近いというか、同じに思える。
ぼくは仏教も神道もまるで知識がないのでそのあたりのことを知っている方がいらっしゃったらぜひ教えてください。



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